Compilation of travel
世界一周旅行中! 現在地(2008/12/3):デリー(インド)


プロフィール

shuhei

Author:shuhei
2008年2月21日から世界一周旅行へ旅立ちました。
たぶん8ヶ月ぐらいで帰ってくる予定。



カテゴリー



月別アーカイブ



カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -



旅の軌跡

東京⇒アメリカ(ニューヨーク→ナイアガラフォールズ→ニューヨーク)⇒ペルー(リマ→ナスカ→ワカチナ→クスコ→プーノ)⇒ボリビア(ラパス)⇒チリ(イキケ→ビーニャ・デル・マル→イースター島→ビーニャ・デル・マル→プエルト・モン→プンタ・アレーナス)⇒アルゼンチン(ウシュアイア→カラファテ→ブエノス・アイレス)⇒ウルグアイ(コロニア・デル・サクラメント)⇒アルゼンチンⅡ(ブエノス・アイレス→ラキアカ)⇒ボリビアⅡ(トゥピサ→ウユニ)⇒アルゼンチンⅢ(サルタ)⇒パラグアイ(アスンシオン→エンカルナシオン→イグアス移住地)⇒アルゼンチンⅣ(プエルト・イグアス)⇒ブラジル(フォス・ド・イグアス→サン・パウロ→リオ・デ・ジャネイロ)⇒スペイン(マドリード)⇒ポルトガル(リスボン)⇒モロッコ(タンジェ→マラケシュ→フェズ)⇒スペインⅡ(バルセロナ→マドリード)⇒トルコ(イスタンブール)⇒シリア(アレッポ→ダマスカス)⇒ヨルダン(アンマン→ぺトラ→アンマン)⇒イスラエル(エルサレム)⇒ヨルダンⅡ(アンマン))⇒シリア(ダマスカス→パルミラ→ハマ)⇒トルコⅡ(イスタンブール)⇒ブルガリア(ソフィア→ヴェリコタルノボ)⇒ルーマニア(ブカレスト)⇒チェコ(プラハ→テルチ)⇒ドイツ(ニュルンベルク→フランクフルト)⇒チェコⅡ(チェスキー・クルムロフ→プラハ)⇒ポーランド(クラクフ)⇒ハンガリー(ブダペスト)⇒クロアチア(ザグレブ→ドブロヴニク)⇒ボスニア・ヘルツェゴビナ(モスタル→サラエボ)⇒ハンガリーⅡ(ブダペスト)⇒イギリス(ロンドン)⇒南アフリカ(ケープタウン)⇒ジンバブエ(ビクトリア・フォールズ)⇒南アフリカⅡ(ヨハネスブルグ)⇒インド(ムンバイ→コルカタ→バラナシ→アーグラー→デリー)



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



FC2カウンター



検索フォーム



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


10月8日 連続ブログ小説 第二話:イスラム教徒の本質
トルコからシリアへやってきた。
国際長距離バスを降りると、見渡す限り一面アラビア語の看板やら表札だらけ。
う~、ここからどっちに行けばいいのかもわからん・・・

地図を広げてなんとか現在地(と思われる場所)を把握することはできたものの、Street名もアラビア語で書かれていたため、結局どっちに行けばいいのかわからない・・・

誰かに聞こうと一歩足を踏み出した時だった。

「●▽※◆☆♪◎∴■」
アラビア語で話しかけられた・・・
「困っているのか?どこに行きたいんだ?」
と言っていることが何とかわかった。
どうやら敵ではないらしい。

いや、待てよ。
同じイスラムの国モロッコでは、「教えてやったんだからガイド料をよこせ」と言ってくる。
う~む・・・信用していいのものか。
しかし結局アラビア語と、こっちの英語では意思疎通ができず、彼は去っていった。
と思ったら、その彼が別の男を連れて戻ってきた。
「キャン アイ ヘルプ ユー?」

お、英語だ。
「いやー、バスを降りたはいいけど、ここがどこだかわからなくて・・・」

「今いる場所はココだ。そこへ行きたいならこの道を行けばいいんだ。」

そして、「ウェルカム トゥー シリア」と言い残して去っていった。
し、親切だ!
なぜ金を要求されなかった?
偶然か??

~~~

何日か滞在していると、偶然ではないことがわかった。
ちょっと困って立ち止まっていると、すぐに誰かが寄ってきて助けてくれようとする。
英語が全くわからないのに、助けてくれようとする人までいる。
「アラビア語なんかわかんねーよ!英語話せないならどっか行ってくれ!」
ではない。
こんな困っているときに、たとえ意思疎通ができなかったとしても、助けてくれようと近づいてきてくれることがすごく嬉しいのだ。

そして究極の親切は彼の行動だろう。
それはシリアにある大学へ遊びに行った時に起こった。
なぜに大学へ遊びに行ったのかと言うと。
シリアのキャピキャピ女子大生と仲良くなってやろう!
・・・というわけではもちろんない。
そもそも若い世代とはいえ、彼女たちもイスラム教徒。
異性と軽々しく話すなんてご法度なのだ。

本当の目的は、この大学構内には日本語の本がたくさん置いてある図書館があるらしい。
という噂を聞きつけてやってきたのだ。
しかし、この大学。恐ろしく広い。
図書館は学部ごとに持っていて、どの学部の敷地にあるのかもわかっていなかったため、いきなり自力で探し始めるのは不可能だ。

近くにいた学生に図書館の場所を聞いてみることした。
するとその学生は、「それならすぐそこだから連れって行ってあげるよ。」
と、いきなり辿り着いてしまうのか♪

しかし、たしかに図書館はあったのだが、お目当ての図書館ではなかった。
どうやら違う学部の図書館らしい。
お礼を言って立ち去ろうとすると彼は、「じゃあ違う学部のほうも探してみよう。一緒に行くから。」
当然、「いやー、悪いからいいよー。」と遠慮したけど、「ノープロブレム。」
と言って付き合ってくれることになった。
図書館を探して歩き回り、時にはバスにまで乗って探し回ること3時間。
ついに、ついに見つけた!

・・・しかし、すでに閉館時間を過ぎていたため中には入れず。
「ごめんね、結局力に慣れなくて・・・」
なに!?なぜ謝る。
むしろ連れまわしてしまったこっちが謝るほうだよ。
さらに彼は、「ここからどうやって帰ればいいかわからないだろう?送ってくよ。」
確かにどこまで来てしまったのかもわからん。
じゃあお言葉に甘えてバス停まで送ってもらおう。
とすると、なんとバスに乗って降りるところまで着いてきてくれた。
彼はこれからまた大学に戻るというのに。

モロッコ人のように金目当ての場合は目がギラギラしているが、本心から親切にしようとしてくれている人というのは、全くギラギラがない。
当然この彼もそうだった。
せめてお礼にコーラでも勝ってあげようとしたけど、「いいよいいよ。結局目的は果たせなかったんだし・・・」と、また謝られてしまった。
「いや、親切にしてくれることが嬉しいんだよ。」
無理やりコーラを渡して別れた。

~~~

イスラム教には、“お客様に対して親切にしなければならない”といった戒律がある。
旅行者をお客様と捉えるか、そうではないかで対応が大きく違ってくる。
モロッコは確実にお客様と捉えてないな。「カモが来た!」ぐらいにしか思ってないだろう。
シリア、そしてヨルダンでもそうだったけど、旅行者をお客様として迎えてくれているらしい。
以前のイメージとは180度イメージが変わった。

そしてもうひとつ。
日本人旅行者の多さ。
着いた初日に泊まった宿だけで、それぞれ一人旅の4人の日本人に出会い、晩御飯まで一緒に行くという状況。(日本人宿ではない。)
そしてその後も至るところで、日本人と出会い。
結局日本語を話さない日なんてあったかどうか。

人々はとても親切。
日本人旅行者も多い。
そして、あれほど食事に困っていたのが嘘のように、普通に食事できる衛生の良い食堂ばかりに生まれ変わっていた。
(レパートリーは極端に少なく、すぐに飽きてしまって、別の意味で食に困るという欠点はあったが・・・)

この9年の間に改心したのか。
かつての嫌なイメージは完全に払拭された。
こんなに旅しやすい国になっているなんて。

やればできんじゃん。(上から目線ごめんなさい。)
イスラム世界は、戒律の捉え方によっては、こんなにも旅しやすい国になるのだ。

~~~

と思っていたら、最後の最後で「やっぱりな・・・」と思ってしまったのだ。
シリアの大観光地パルミラ。
大観光地であるがゆえに、ここの人々はモロッコ人と同じだった。
「旅行者は金を落とすカモ」とばかりにつきまとい、鬱陶しかったあ・・・

でもパルミラだけ。
トルコに戻ってからも改めて感じたけど、やっぱり純粋に親切心で接してくれる、とても旅行しやすい良い国だった。

スポンサーサイト

10月7日 連続ブログ小説 第一話:過去の記憶 ~あの頃ぼくらはそれを“修行”と呼んでいた~
イスタンブールから北上する前に、シリア,ヨルダン,イスラエルの3カ国へ、寄り道をすることにした。
思えば今から9年前の夏。
旅友のさぶちゃんと2人で、上記3カ国にレバノンを加えた4カ国へ行ったことがあった。

9年前の夏・・・
そう、あの1999年の夏といえば、「空から恐怖の大王が降りてきて、地球は滅亡する」(ノストラダムス氏の予言)と騒がれた夏。

なんとか地球の滅亡はまぬがれたのだが、本当の恐怖の大王は・・・
かの地にいた。

~~~

なぜあの夏、中近東へ行くことになったのか。
正直なところ、スリランカと中近東で迷っていて、しかしスリランカは治安の面で不安があることから、中近東へ行くことになったとしか覚えていない。
いや、無意識のうちに記憶から消し去ってしまったのかもしれない。

それまでに行ったことのある国と言えば、イギリス,フランス,ドイツなどの西欧諸国、タイ、アメリカ西海岸。
つまり、“日本人観光客のよく行く旅行先”として、上位にランクされそうな国にしか行ったことがなかった。
初めてのなんの予備知識もない国への旅行。
そして、“旅行”などと言っていられるのも、現地へ到着するまでの間だけだった。

~~~

このブログで過去の旅のことをダラダラと書いても仕方がない。
いや、さっきも言ったとおり、あのときのことは無意識のうちに記憶から消し去ってしまったから、書きたくても書けないと言ったほうが正しいか。

わずかながらも覚えている惨劇を以下に書いておこう。

【恐怖の腹壊し事件】
自慢ではないがお腹は強いほうである。
今までの海外旅行で、何を食べても何を飲んでもお腹を壊したことはない。
そう、ただ一度、あの時を除いては・・・
唯一お腹を壊したのが、あの時の中近東への旅。
問題は何を食べてあたったのかではない。
食堂やレストランの衛生面に問題があるのだ。
汚れた食器に、失敗したの?といった感じで盛られている料理。
今思えば、見ただけでお腹を壊しそうだ。
それ以来我々の食事は、ビスケットとウェハースとなった。
そして栄養補給は、マクドナルドのハンバーガーに挟んである野菜。
信じられるものはお菓子とマクドナルドだけ。
となってしまったのだった。

【戦慄!日本人限定神隠し事件】
24日間の旅中、見かけた日本人はたった2人だけ・・・
出会った・話した、ではない。
視界に入ったのが2人だけ。
なんてことだ、今まで行った国では日本人に会わないようにすること不可能なほどだったのに。
まあ、戦慄!でもなければ、神隠しでもなんでもないわけですけど。。。
これが第二話で大事な話になってくるかも・・・

【涙のキャンディ・キャンディ】
ちょっとここで心暖まる話を。
さまざまな要因が重なり、中近東の人間に対して嫌気がさし、完全に人間不信になっていた我々二人は、あるとき乗り合いタクシーに乗った。
前の席に座っていると、後ろの席に小さい女の子を抱えたおばさんが乗ってきた。
「女子供だからといって油断するな。」
精神と肉体を完全防御しながら構えていると、後ろから女の子の小さな手が伸びてきた。
その手には何か握られている。
危なかった、反射的に裏拳が飛び出してしまうところであった。
その小さな手に握られていたのはキャンディ。
どうやらくれるみたいだ。
それまで中近東の人間に対して完全に悪印象だっただけに、小さな少女の小さな優しさに涙が出そうになった。
ほんの些細なできごとだけれども、どんなに記憶が薄れようとも、あのときのキャンディのことだけは忘れていない。
でも待てよ・・
言い方は悪いけど、たかがキャンディ。
他でもそんなできごとはたくさんあるのに、なんでこのときがやけに印象に残ってるんだ!?
それは中近東での他の印象があまりにも悪いから。
キャンディで大感動。
どんだけ悪印象なんだよ・・・

~~~

他にもつらく苦しいことは多々あった。
この旅中の二人の口癖は、「早く日本に帰りたい」。
そして趣味は、「帰国まであと○日」と数えること。
ほんっっっとうに帰りたくて帰りたくてしかたなかった。
でも実際帰国してみるとほとんどが良い印象に変わっている。
あんなにつらかったのに、行ってよかったと心から思うようになっていた。
そして、再び来てしまった・・・

さぶちゃんと俺の間で、あのときのことは、“旅行”でなければ“旅”でもない。
“修行”と言っている。

その後、修行と言えるような旅に出会うことは一度もなかった。
あの懐かしい修行生活をもう一度。
20歳代最後の年に、気合を入れなおすために。
さぶちゃん、またここに来ちゃった・・・
もう一度修行してくるぜ!


9月15日 至急北上せよ!・・・いや、ちょっと南下しちゃおうぜ
トルコ・イスタンブール到着。
体調は万全!

ここから北上して東欧・中欧を周る予定のはずが・・・

健康になると、モロッコ・スペインでのつらかった時のことなど忘れてしまうもので、
「せっかくここまで来たんだし、ちょっと南下するだけじゃん。」

世界地図でトルコの上の国は、東欧ブルガリア。
逆にトルコの下には、中東シリア・ヨルダンがある。

元々のルートにはシリア・ヨルダンも組み込まれていたこともあり・・・
ちょっと行ってみることにした。


ヨルダンのビザは国境で簡単に取得できるが、シリアのビザは流動的なので、イスタンブールで取得しておくほうが賢明だ。
シリア大使館に行く前に、日本大使館に行って、「この旅行者をあなたの国(シリア)に入国させてあげてくださいm(_ _)m」という、日本大使館のサポートレターも取得しに行かなければならないのが面倒だけど。


ビザ申請待ちの合間に、ちょこっとだけイスタンブール観光。

スルタンアフメット・ジャーミィ(ブルーモスク)
RIMG4700.jpg

モスクの中はこんな感じ
RIMG4728.jpg

アヤソフィア
RIMG4648.jpg


「シリアのビザなんて時間かかるんだろうな」と思っていたけど、
1日目/午後・・・日本大使館へサポートレターをもらいに行く。
2日目/午前・・・シリア大使館へビザ申請。
    /午後・・・ビザ取得。

と、2日要しただけで終わってしまった。

日本大使館は、パスポートチェック,荷物検査等、入館するのに厳重なセキュリティチェックがあったけど、シリア大使館は・・・
マンションの一室で、鍵もかかっておらず、ドアを開けたら目の前がもう窓口だった。
なんだこのセキュリティの差は(笑)


9月9日 魔法の薬
モロッコのタンジェから、スペインのアルへシラスまでフェリーで戻り、そこからバスで18時間。
体調のすぐれないまま、バルセロナに到着。

レストランに入ると2000円前後はかかってしまうバルセロナにあって、宿泊した『ペンションヤガミ』という名の日本人宿は、なんと米と卵が無料で食べ放題というのがうれしい。
朝食兼昼食は卵雑炊。
夕食はご飯と卵焼き+スーパーで一品買って済ませる。
食費を安く済ませることができ、なおかつひもじい思いをせずにすんだ。


バルセロナには観光スポットも盛りだくさん。
微熱を維持している今のうち、ガッツリ観光してしまおう。


サグラダ・ファミリア
RIMG4416.jpg

RIMG4425.jpg

グエル公園
RIMG4488.jpg

RIMG4510.jpg

ランブラス通りには大道芸人がいっぱい
RIMG4340.jpg

RIMG4344.jpg


地下鉄代も高いからできる限り徒歩でまわった。
そしたらやっぱりぶり返した。

さてどうしよう。
旅を続けるか、日本に帰るか。
考えに考えた。

『考える牛』の像
RIMG4395.jpg

そして、ここに来てようやく本気で日本に帰ることを決意した。
こっちで病院に行っても、結局その場しのぎで、日本に帰らないとやっぱり直らないだろうし。
安い航空券を探し歩いて、でも未練もあって。
でもさすがにこれ以上は続けられない。
南米を出るときに買いだめした薬もすでにない。
帰ろう。
定年後におじいちゃんパッカーとして続きをまわろう。

ところで、発病して入院もしたアルゼンチンとスペインでは、共通なものがある。
そう、スペイン語を母国語としていること。
アルゼンチンで買った薬の説明書を持って薬局に行ったら、もしかすると同じ成分の薬が買えるかもしれない。
帰る前に薬局に行ってみるか。

1軒目・・・「そんな薬うちにはないねえ。」
2~4軒目・・・「同上」
薬局があちこちにあるので、熱にうなされながらも、探し歩けるだけ歩いてみよう。
5軒目・・・「あ、あるよ。」

「それ頂戴!!」

とりあえず説明書は読んでもらえるけど、その薬はないばっかりだった。
5軒目、ようやく同じものがあった。
しかもパッケージは違うものの、薬名は一緒。

しばらく飲んでちょっと良くなったら帰りの飛行機を手配しに行こう。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・4日後。

完全回復!!
熱も下がって湿疹も治まった。

こうなると人間というのは調子に乗ってしまうものだ。
「もうちょっと行けんじゃね?行けるべ。」

帰りの飛行機を手配することをキッパリとやめ、でも早めに日本に帰ることができるように世界一周航空券のルート変更をした。

元々のルートは、バルセロナから東欧、中近東を通りながら、エジプトまでひたすら陸路移動。
それを、バルセロナからイスタンブールまで飛行機で行き、中近東、エジプトを諦め、ハンガリーまで陸路で北上するルートに変更。
中近東、エジプトは残念だけど、悪環境であろうその地域へ行くには体調が心配なので。
だいぶショートカットになった。

さて、さっそくイスタンブールまで飛びますか!


・・・おっと、忘れちゃいけない。

「すいません!この前の薬あと3箱ください!」
この薬は抗生物質だから飲みすぎてはいけない。
控えめにあと3箱。
これがなくなってしまったら・・・
また考えればいい。
今はただ、まだ旅を続けることができる喜びでいっぱいだ。

実際この薬、何なんだろう?
抗生物質であることと、よく効くということ以外のことはよくわからない。
でも、旅を続けさせてくれる“魔法の薬”。

魔法はいつか解ける?
いそげ!いざイスタンブールへ!


9月6日 サハラを目指して
リスボンからバルセロナへ行く前にモロッコ立ち寄った理由はただひとつ。
“世界最大の砂漠”
アフリカ大陸の約3分の1を占めるサハラ砂漠を訪れる為。

フェリーに乗り約2時間で、そこはもうアフリカの大地。
RIMG4116.jpg

玄関口タンジェに着いてすぐに、夜行バスでマラケシュへ向かった。

マラケシュのスーク
日用品、みやげ物、ガラクタ、羊の頭まで何でも揃っている。
RIMG4202.jpg

RIMG4201.jpg

RIMG4200.jpg

スークの中はとてつもなく広く、鬼ごっこでもやろうものなら、鬼になった人は永遠に捕まえることはできないだろう。

そして夕方になると、旧市街にあるフナ広場に屋台が建ち、大道芸人やらヘビ使いやら、入れ歯を売るオッサンまで集まってきて、毎夜毎夜まるで祭りのようににぎわうのである。
RIMG4190.jpg

RIMG4215.jpg

連日40度を超えるマラケシュでは、キンキンに冷えたフレッシュオレンジジュースがうますぎる!!
ちょっと歩いてはオレンジジュース屋台に立ち寄り生き返る。
まるでオアシスのようだった。
RIMG4231.jpg


スークをさまよい歩きながらアラブの世界を感じ、フナ広場でお祭り気分に浸り、フレッシュオレンジジュースに生きている幸せを感じ、いよいよサハラ砂漠へ・・・

しかし予期せぬ出来事が・・・というか当たり前っちゃあ当たり前の出来事が。
リスボンで高熱を出し、微熱を抱えながらもなんとかモロッコまでやってきた俺の体が、この酷暑に耐えられるわけがない。
高熱と湿疹がぶり返し、ここでも静養を余儀なくされた。

2、3日ゆっくり休んでみた結果、今回はモロッコはあきらめることに。
砂漠にある町メルズーガは、50度を超える気温と、間断なく吹き荒れる砂嵐によって、まさに地獄絵図。
そんなところへこの体で行けるものか?いや、もはや生けるものかという、死活問題になってくる。
死にたくはない。
やめよう。

環境の悪いモロッコを早く抜け出し、スペインのバルセロナでしばし休養をすることにした。

グッバイモロッコ


8月29日 世界三大○○な民族
旅をしていると、世界三大○○というものに出会う。

・世界三大瀑布(イグアスの滝、ナイアガラの滝、ヴィクトリアの滝)
・世界三大夜景(ナポリ、函館市、香港)
・世界三大仏教遺跡(アンコール・ワット、バガン、ボロブドゥール)
などなど。

なかにはこんな変わりダネまで
・世界三大馬鹿建造物(阿房宮、万里の長城、ピラミッド)
・世界三大がっかり名所(マーライオン、人魚像、小便小僧)

そしてこんなものも。

・世界三大ウザイ民族(インド人、エジプト人、モロッコ人)
※旅行をするうえでウザイという意味です。

~~~

体調がよくなかったこともあり、ポルトガルはリスボンだけで終了。
サハラ砂漠を見るためにモロッコへ。

リスボンからスペインのアルへシラスという港町まで12時間ほどで到着すると、そこからフェリーでジブラルタル海峡を渡り2時間30分でモロッコのタンジェという町へ行くことができる。

さあ、この海峡を渡ればモロッコ。
世界三大ウザイ民族と言われるだけに、心してかからねば。

フェリーチケットを買うために、フェリー会社のチケット売り場に並んでいると。
ある男が声をかけてきた。
そいつはモロッコ人だった。

「日本人ですかあ。ここのフェリー会社は高いですよお。あっちの会社の方が安いから一緒に行きましょう。」

モロッコ人がウザイと言われる理由のひとつに、こんな理由がある。
“勝手にガイド”
これは、旅行者を見つけると近づいてきて、頼んでもいないのに勝手にガイドをしながら付きまとってくる。
そして最後に「私は公認のガイドです。ガイドしてあげたんだからお金を払ってください。」と、ガイド料を請求してくるというもの。

これのかわし方は至って簡単。
勝手にガイドを始めたら、「ガイドなんて頼んでないんだから金は払わないよ。」
と言っておく。
すると、まず間違いなくあっちは、「もちろんさいらないさ。」
と言ってくるだろう。
しかし!これも100パーセントの確立で、結局ガイド料を請求してくる。
そしたらこう言ってやる。
「俺がいつガイドをしてくれと頼んだ?金は払わないと言ったよな。お前が勝手に話してただけなんだから払わないよ。」
と言ってやればいい。
さらにはこんな上級者もいた。
「ってゆうか、お前の話をずっと聞いててやったんだから、そっちこそ金を払えよ。」
と。
これはいつか使ってみたい。

さて、そんなわけで、フェリーチケット売り場でのその男もモロッコ人だと言うから、どうせ親切を装ってあとから金を要求してくるんだろう。
と思った。

けど、本当に安いのかもしれないから付いて行ってみた。
もちろん「あとで金を要求されても払わないけどいいか?」という確認は怠らず。
・・・安くなかった。いや、高いわけでもなくて、全く同じ値段だった。

俺「安くないじゃん!」
モロッコ人「あれー、おかしいな。まあとりあえず乗船時間まで時間があるから、フェリーターミナル内を案内するよ。」

・・・・・・でた!
勝手にガイド始める気だな。
ふふん、でも金は払わないっていってあるもんね。
いざとなったら、「ってゆうか、お前の話をずっと聞いててやったんだから、そっちこそ金を払えよ。」
って言ってやる。

そのモロッコ人は、いろいろな話をし、さも親切そうにいろいろ教えてくれた。

モロッコ人「あーそうだ、モロッコに着いてから両替をするのは大変だから、今のうちに多めにATMから引き出しておいたほうがいいぞ。」
俺「あ、そう。」
そんなわけはないので却下。
それにやつの言う通りにしてしまったら、ガイドを受け入れたととられてしまいかねないし。

モロッコ人「あーそうだ、パスポートはすぐ見せられるように、ズボンの後ろのポッケに入れておいたほうがいいぞ。」
俺「アホか。」
そんなのスリの格好の餌食となるだけなので却下。
貴重品を無防備に後ろのポッケに入れるわけがない。
そんなこともわからないのかモロッコ人。

モロッコ「トイレに行きたい。あっちにあるから行こう。」
俺「あ、そう。俺は行かないから。じゃあグッバイ。」
モロッコ人「そっちに見晴らしのいい場所もあるんだ。行こう。」
今回はしつこかったので、とりあえずそっちに行ってみることにした。

やつがトイレに入っている間、外で待っていると、10秒もかからずに戻ってきた。
俺「あれ、早くね?」
モロッコ人「あっはっは、いやーそれがさあ、面白いんだよ。ちょっと来てみ。」

なんだなんだ、不審な気もしたけど、何が面白いのかも気になったので、トイレの中に付いて行ってみた。
そこには他の人はいなかった。

モロッコ人「ほらほらー、便器の位置が高いんだよー。これはヨーロッパ人用だよねー。モロッコ人や日本人には高すぎるだろー。あっはっは。」
俺「・・・・・・・・・」
何も面白くない。。。

モロッコ人はアホみたいに爆笑しながら肩を組んできた。
と思ったら、爆笑したまま理解不能なことを言いながら。。。
抱きついてきた。

なに!?
こいつ勝手にガイドさんじゃねえ!
ゲイだったのか!!
人気のないトイレに連れ込んで何する気だー!

抱きついたまま、やつの右手が下半身へと伸びてきた。
勝手にガイドさん用の心構えしかしていなかった俺は、ゲイという思いがけない攻撃に固まってしまい、無防備な状態となってしまった。

ヤラレル。。。

誰もがそう思ったとき、事態は思わぬ展開をみせた。

やつの手の感触がいつまでたっても下半身に伝わってこない。

と思ったところで、金縛り状態も解け、目線を下にやると、やつの手はなんと!

今まさに、俺のななめ掛けのショルダーバッグの中に滑り込もうとしていた。

・・・・・・・・・ゲイでもなかった!!!
そう、結局そいつはスリだったんだ!

まだ何も盗られていないことを確認したあと、
俺「キサマ!今カバンの中に手を入れてただろ!」
モロッコ人「△■※◇▼♪☆◎●」
おそらくアラビア語であろう言葉で何かを叫んだあと、ヤツはすごい勢いで逃げていった。


思い出していただきたい。

モロッコ人「あーそうだ、モロッコに着いてから両替をするのは大変だから、今のうちに多めにATMから引き出しておいたほうがいいぞ。」

モロッコ人「あーそうだ、パスポートはすぐ見せられるように、ズボンの後ろのポッケに入れておいたほうがいいぞ。」

こいつ最初から盗むつもりでこんなことを言っていたんだ。
その時は勝手にガイドさんだと思い込んでいたから、普通に考えれば怪しいと気がつくことなのに、こんなことに気がつかなかった。

くっそー!むかつく。
何も盗られていないけどオマエむかつくー!!

モロッコ人恐るべし。
そう、モロッコに渡る前から、世界三大ウザイ民族モロッコ人との激闘は始まっていたのだ。
モロッコへ渡ったら、三段構えで気をつけよう。

~~~

この話には後日談がある。

数日のモロッコ滞在を終え、アルへシラスへ戻ってきた俺は、ここからバルセロナへ向かうために、スリ未遂事件のあったフェリーターミナル内にある、バス会社のオフィスへと行った。
と、そのフェリーターミナル内で信じられない光景を目にした。

まさかまたここで出会うとは。
なんと前方から見覚えのある顔が歩いてくる。
そう、スリのあのモロッコ人。

すれ違いざま
俺「・・・・・・・」
モロッコ人「おー、マイ フレンド!モロッコは楽しかったかーい?」

・・・
・・・・・・
俺「フレンドじゃねええええええ!!!!!!!」
ここで会ったが百年目。あの時の怨みハラサデオクベキカ。
右足に全神経を集中させて、蹴っ飛ばしてやったことは言うまでもない。


8月27日 旅を続けるにあたって必要なもの
パスポート,お金,航空券

最低この3つさえ揃っていれば、今回の旅は無事完了すると思っていた。

が、しかし。

もうひとつ大事なものがあった。

健康な身体

もちろんわかってはいたけど、「最低パスポート,お金,航空券さえあれば世界を周ることはできる。」というのが定説だ。

でもこれからはあえて、“健康な身体”も付け加えたい。

なぜ突然そんなことを言うのか?

そう、ヨーロッパに渡ってから早一ヶ月。

入院していた頃のように、常に熱が引かず、あのときほどではないけれども、湿疹にも悩まされ。

観光をする気持ちの余裕もなく、ただただ移動を繰り返すだけの日々。

本当はゆっくり休みたかったけど、物価の高いヨーロッパでは、ゆっくり休むというような気にもなれず。

というわけで、ブログを書く気力もネタもなく、更新が滞ってしまったというわけです。

あれ?結局ブログを書いていなかったことに対する言い訳??

その通り!

そんなこんなで何とかバルセロナまではたどり着いたけれども、もう限界だ!
本気で日本に帰ろうと決意し、航空券を探しに、航空会社や旅行代理店を訪ね歩くまでいったのだけれども、ちょうどその時バルセロナで買った薬が予想以上に効果適面で、この一ヶ月が嘘のようにすっかり回復してしまった。

元気になると意欲も湧いてきて、あれほど日本に帰ろうと強く決意していたのに、もうちょっと続けてみようという気になった。

とはいっても、薬が効いているだけで、日本に帰って治療しない限りは完治はありえないだろう。

なので、予定のルートを大幅に変更して、早めに日本に帰ることにした。(たぶん年内には)

すっかり元気になり、現在はシリアのダマスカスにいます。

ポルトガル⇒モロッコ⇒スペインと続いた“闘病日記”については、リアルタイムではなくなってしまったけど、順に書いていきます!

では。


8月5日 7つの丘の街
リオ・デ・ジャネイロから飛行機に乗って、スペインのマドリードへ飛んできた。
しかし、物価が高いうえに、マドリードで興味のあるものもない。

当初の予定では、このまますぐにモロッコへ下ろうと思っていたのだが、方向は45度違うけど、ちょっと寄り道してポルトガルのリスボンまでバスで8時間。
しかも物価は安いはず。
モロッコの前にちょっと寄ってみよう。

ポルトガルは、ユーロの国であって、物価はユーロではない。
物価が安くヨーロッパを楽しめる、素敵な国なのだ。

...だった。
そう、何年か前に行った時は。
これがユーロの国かよ!って思ったほど安かった。

値段が数年前の倍以上になってる...

しまった、ヨーロッパでのんびり過ごせるほど予算ないのに。

とにかく早くモロッコへ逃げようと、全力で観光を片付けた。

そしたら体調を崩して寝込んで、結局リスボンで足止め。

痛い。痛すぎる。
懐が急激に寂しくなった。

~~~

でもやっぱり、リスボンの町並みは大好きだ。
懐はやられたけど、しっかり大好きな町並みを堪能してきた。

リスボンは坂の多い街で、別名「7つの丘の街」とも呼ばれる。
名物は、これらの坂を上り下りする市電とケーブルカー。

ケーブルカー
RIMG3966.jpg

市電
RIMG3939.jpg

市電
RIMG3949.jpg


そして、丘の上から街を眺めてみる。
RIMG3896.jpg

RIMG4037.jpg

RIMG4036.jpg


リスボンまで来たのだから、ぜひ行ってみたいところ。
ユーラシア大陸の果て「ロカ岬」
RIMG3984.jpg

「ここに地終わり海始まる」と書かれた石碑
RIMG3988.jpg

~~~

さてさて、ヨーロッパはいつかまた、出世して金持ちになってから、のんびり楽しみに来るとしよう。


7月31日 ピクトさんの逆襲
ピクトさんを御存知だろうか。

そう、非常口でおなじみのアノ人。

RIMG2449.jpg


「ピクトさん」とは、公共の施設などで多く見かけられる記号化された人物のことなのである。


横断歩道を渡るピクトさん
RIMG2108.jpg

ゴミを捨てるピクトさん
RIMG3069.jpg


我々のために不眠不休、しかも無給で働いているピクトさんたち。
しかし、そんなピクトさんたちに、人間はひどい仕打ちを繰り返しているのである。


電流攻撃を受けるピクトさん
RIMG2109.jpg

ヘビに睨まれるピクトさん
RIMG2875.jpg

高い所から飛び降りさせられるピクトさん
RIMG2862.jpg

危ない橋を渡らされるピクトさん
RIMG3627.jpg


そしてついに、ここブラジルで、不満の溜りにたまったピクトさんたちによる暴動が起こったのだ!


人間を電車の中に監禁して嫌がらせをするピクトさんたち
RIMG3325.jpg

RIMG3295.jpg

人間にいいようにコキ使われてきたピクトさんたちの不満は相当なものであろう。

恐らくこの暴動は、ますます拡大していくに違いない。

素晴らしい時間を過ごしてきた南米。

名残惜しいが、被害がこちらにまで及ぶ前に、南米を離れることにしよう。

5ヵ月に及んだ南米。

いいのか、旅行予定期間の半分使っちゃったけど。。。

いいんだ、後悔は全くないし。

むしろ、自分の意思ではなくピクトさんの反乱によって、急遽南米を離れなければならなくなってしまったことのほうが残念だ。

さよなら南米。

頑張れピクトさん。


7月30日 30メートルの巨大キリスト像
リオ・デ・ジャネイロでの観光の目玉はこれ。

『コルコバードの丘』

コルコバードの丘と言われて、ピンとこなくても、この写真を見ればわかる人も多いのでは。

RIMG3595.jpg

丘の上に立ち、リオの街を見守る30メートルのキリスト像。

キリスト教徒でもない自分にとっては、大きさそのものに驚嘆することぐらいしかできないけど、国民の大部分がキリスト教徒というブラジルにあって、このリオの人々にとっては、いつも見守っていてくださる、精神的にも大きな大きな存在なんだろうな。

顔面アップ
RIMG3583.jpg

手のひら
RIMG3597.jpg

斜め下から
RIMG3591.jpg

背後から
RIMG3571.jpg

キリスト像はでかすぎて、近くから撮ろうとすると立ったままではカメラに収まりきらない。
だからみんな、こうやって寝転がって撮るんだね
RIMG3587.jpg

RIMG3635.jpg

RIMG3637.jpg

ちょっと離れると、全体像がちゃんと撮れるのだ
RIMG3638.jpg

さらに離れて、キリストと同じポーズで撮影するのも定番
RIMG3622.jpg

キリスト像の立つ丘から見下ろす、リオの街並みも最高
RIMG3601.jpg

RIMG3602.jpg

RIMG3633.jpg

そして夜景
RIMG3669.jpg

最後に、闇夜に浮かぶキリスト像
RIMG3668.jpg





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。