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Compilation of travel
世界一周旅行中! 現在地(2008/12/3):デリー(インド)


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shuhei

Author:shuhei
2008年2月21日から世界一周旅行へ旅立ちました。
たぶん8ヶ月ぐらいで帰ってくる予定。



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10月8日 連続ブログ小説 第二話:イスラム教徒の本質
トルコからシリアへやってきた。
国際長距離バスを降りると、見渡す限り一面アラビア語の看板やら表札だらけ。
う~、ここからどっちに行けばいいのかもわからん・・・

地図を広げてなんとか現在地(と思われる場所)を把握することはできたものの、Street名もアラビア語で書かれていたため、結局どっちに行けばいいのかわからない・・・

誰かに聞こうと一歩足を踏み出した時だった。

「●▽※◆☆♪◎∴■」
アラビア語で話しかけられた・・・
「困っているのか?どこに行きたいんだ?」
と言っていることが何とかわかった。
どうやら敵ではないらしい。

いや、待てよ。
同じイスラムの国モロッコでは、「教えてやったんだからガイド料をよこせ」と言ってくる。
う~む・・・信用していいのものか。
しかし結局アラビア語と、こっちの英語では意思疎通ができず、彼は去っていった。
と思ったら、その彼が別の男を連れて戻ってきた。
「キャン アイ ヘルプ ユー?」

お、英語だ。
「いやー、バスを降りたはいいけど、ここがどこだかわからなくて・・・」

「今いる場所はココだ。そこへ行きたいならこの道を行けばいいんだ。」

そして、「ウェルカム トゥー シリア」と言い残して去っていった。
し、親切だ!
なぜ金を要求されなかった?
偶然か??

~~~

何日か滞在していると、偶然ではないことがわかった。
ちょっと困って立ち止まっていると、すぐに誰かが寄ってきて助けてくれようとする。
英語が全くわからないのに、助けてくれようとする人までいる。
「アラビア語なんかわかんねーよ!英語話せないならどっか行ってくれ!」
ではない。
こんな困っているときに、たとえ意思疎通ができなかったとしても、助けてくれようと近づいてきてくれることがすごく嬉しいのだ。

そして究極の親切は彼の行動だろう。
それはシリアにある大学へ遊びに行った時に起こった。
なぜに大学へ遊びに行ったのかと言うと。
シリアのキャピキャピ女子大生と仲良くなってやろう!
・・・というわけではもちろんない。
そもそも若い世代とはいえ、彼女たちもイスラム教徒。
異性と軽々しく話すなんてご法度なのだ。

本当の目的は、この大学構内には日本語の本がたくさん置いてある図書館があるらしい。
という噂を聞きつけてやってきたのだ。
しかし、この大学。恐ろしく広い。
図書館は学部ごとに持っていて、どの学部の敷地にあるのかもわかっていなかったため、いきなり自力で探し始めるのは不可能だ。

近くにいた学生に図書館の場所を聞いてみることした。
するとその学生は、「それならすぐそこだから連れって行ってあげるよ。」
と、いきなり辿り着いてしまうのか♪

しかし、たしかに図書館はあったのだが、お目当ての図書館ではなかった。
どうやら違う学部の図書館らしい。
お礼を言って立ち去ろうとすると彼は、「じゃあ違う学部のほうも探してみよう。一緒に行くから。」
当然、「いやー、悪いからいいよー。」と遠慮したけど、「ノープロブレム。」
と言って付き合ってくれることになった。
図書館を探して歩き回り、時にはバスにまで乗って探し回ること3時間。
ついに、ついに見つけた!

・・・しかし、すでに閉館時間を過ぎていたため中には入れず。
「ごめんね、結局力に慣れなくて・・・」
なに!?なぜ謝る。
むしろ連れまわしてしまったこっちが謝るほうだよ。
さらに彼は、「ここからどうやって帰ればいいかわからないだろう?送ってくよ。」
確かにどこまで来てしまったのかもわからん。
じゃあお言葉に甘えてバス停まで送ってもらおう。
とすると、なんとバスに乗って降りるところまで着いてきてくれた。
彼はこれからまた大学に戻るというのに。

モロッコ人のように金目当ての場合は目がギラギラしているが、本心から親切にしようとしてくれている人というのは、全くギラギラがない。
当然この彼もそうだった。
せめてお礼にコーラでも勝ってあげようとしたけど、「いいよいいよ。結局目的は果たせなかったんだし・・・」と、また謝られてしまった。
「いや、親切にしてくれることが嬉しいんだよ。」
無理やりコーラを渡して別れた。

~~~

イスラム教には、“お客様に対して親切にしなければならない”といった戒律がある。
旅行者をお客様と捉えるか、そうではないかで対応が大きく違ってくる。
モロッコは確実にお客様と捉えてないな。「カモが来た!」ぐらいにしか思ってないだろう。
シリア、そしてヨルダンでもそうだったけど、旅行者をお客様として迎えてくれているらしい。
以前のイメージとは180度イメージが変わった。

そしてもうひとつ。
日本人旅行者の多さ。
着いた初日に泊まった宿だけで、それぞれ一人旅の4人の日本人に出会い、晩御飯まで一緒に行くという状況。(日本人宿ではない。)
そしてその後も至るところで、日本人と出会い。
結局日本語を話さない日なんてあったかどうか。

人々はとても親切。
日本人旅行者も多い。
そして、あれほど食事に困っていたのが嘘のように、普通に食事できる衛生の良い食堂ばかりに生まれ変わっていた。
(レパートリーは極端に少なく、すぐに飽きてしまって、別の意味で食に困るという欠点はあったが・・・)

この9年の間に改心したのか。
かつての嫌なイメージは完全に払拭された。
こんなに旅しやすい国になっているなんて。

やればできんじゃん。(上から目線ごめんなさい。)
イスラム世界は、戒律の捉え方によっては、こんなにも旅しやすい国になるのだ。

~~~

と思っていたら、最後の最後で「やっぱりな・・・」と思ってしまったのだ。
シリアの大観光地パルミラ。
大観光地であるがゆえに、ここの人々はモロッコ人と同じだった。
「旅行者は金を落とすカモ」とばかりにつきまとい、鬱陶しかったあ・・・

でもパルミラだけ。
トルコに戻ってからも改めて感じたけど、やっぱり純粋に親切心で接してくれる、とても旅行しやすい良い国だった。

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10月7日 連続ブログ小説 第一話:過去の記憶 ~あの頃ぼくらはそれを“修行”と呼んでいた~
イスタンブールから北上する前に、シリア,ヨルダン,イスラエルの3カ国へ、寄り道をすることにした。
思えば今から9年前の夏。
旅友のさぶちゃんと2人で、上記3カ国にレバノンを加えた4カ国へ行ったことがあった。

9年前の夏・・・
そう、あの1999年の夏といえば、「空から恐怖の大王が降りてきて、地球は滅亡する」(ノストラダムス氏の予言)と騒がれた夏。

なんとか地球の滅亡はまぬがれたのだが、本当の恐怖の大王は・・・
かの地にいた。

~~~

なぜあの夏、中近東へ行くことになったのか。
正直なところ、スリランカと中近東で迷っていて、しかしスリランカは治安の面で不安があることから、中近東へ行くことになったとしか覚えていない。
いや、無意識のうちに記憶から消し去ってしまったのかもしれない。

それまでに行ったことのある国と言えば、イギリス,フランス,ドイツなどの西欧諸国、タイ、アメリカ西海岸。
つまり、“日本人観光客のよく行く旅行先”として、上位にランクされそうな国にしか行ったことがなかった。
初めてのなんの予備知識もない国への旅行。
そして、“旅行”などと言っていられるのも、現地へ到着するまでの間だけだった。

~~~

このブログで過去の旅のことをダラダラと書いても仕方がない。
いや、さっきも言ったとおり、あのときのことは無意識のうちに記憶から消し去ってしまったから、書きたくても書けないと言ったほうが正しいか。

わずかながらも覚えている惨劇を以下に書いておこう。

【恐怖の腹壊し事件】
自慢ではないがお腹は強いほうである。
今までの海外旅行で、何を食べても何を飲んでもお腹を壊したことはない。
そう、ただ一度、あの時を除いては・・・
唯一お腹を壊したのが、あの時の中近東への旅。
問題は何を食べてあたったのかではない。
食堂やレストランの衛生面に問題があるのだ。
汚れた食器に、失敗したの?といった感じで盛られている料理。
今思えば、見ただけでお腹を壊しそうだ。
それ以来我々の食事は、ビスケットとウェハースとなった。
そして栄養補給は、マクドナルドのハンバーガーに挟んである野菜。
信じられるものはお菓子とマクドナルドだけ。
となってしまったのだった。

【戦慄!日本人限定神隠し事件】
24日間の旅中、見かけた日本人はたった2人だけ・・・
出会った・話した、ではない。
視界に入ったのが2人だけ。
なんてことだ、今まで行った国では日本人に会わないようにすること不可能なほどだったのに。
まあ、戦慄!でもなければ、神隠しでもなんでもないわけですけど。。。
これが第二話で大事な話になってくるかも・・・

【涙のキャンディ・キャンディ】
ちょっとここで心暖まる話を。
さまざまな要因が重なり、中近東の人間に対して嫌気がさし、完全に人間不信になっていた我々二人は、あるとき乗り合いタクシーに乗った。
前の席に座っていると、後ろの席に小さい女の子を抱えたおばさんが乗ってきた。
「女子供だからといって油断するな。」
精神と肉体を完全防御しながら構えていると、後ろから女の子の小さな手が伸びてきた。
その手には何か握られている。
危なかった、反射的に裏拳が飛び出してしまうところであった。
その小さな手に握られていたのはキャンディ。
どうやらくれるみたいだ。
それまで中近東の人間に対して完全に悪印象だっただけに、小さな少女の小さな優しさに涙が出そうになった。
ほんの些細なできごとだけれども、どんなに記憶が薄れようとも、あのときのキャンディのことだけは忘れていない。
でも待てよ・・
言い方は悪いけど、たかがキャンディ。
他でもそんなできごとはたくさんあるのに、なんでこのときがやけに印象に残ってるんだ!?
それは中近東での他の印象があまりにも悪いから。
キャンディで大感動。
どんだけ悪印象なんだよ・・・

~~~

他にもつらく苦しいことは多々あった。
この旅中の二人の口癖は、「早く日本に帰りたい」。
そして趣味は、「帰国まであと○日」と数えること。
ほんっっっとうに帰りたくて帰りたくてしかたなかった。
でも実際帰国してみるとほとんどが良い印象に変わっている。
あんなにつらかったのに、行ってよかったと心から思うようになっていた。
そして、再び来てしまった・・・

さぶちゃんと俺の間で、あのときのことは、“旅行”でなければ“旅”でもない。
“修行”と言っている。

その後、修行と言えるような旅に出会うことは一度もなかった。
あの懐かしい修行生活をもう一度。
20歳代最後の年に、気合を入れなおすために。
さぶちゃん、またここに来ちゃった・・・
もう一度修行してくるぜ!





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