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Compilation of travel
世界一周旅行中! 現在地(2008/12/3):デリー(インド)


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shuhei

Author:shuhei
2008年2月21日から世界一周旅行へ旅立ちました。
たぶん8ヶ月ぐらいで帰ってくる予定。



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4月26日 世界最南端の町に到着
4/17 ビーニャ(20:00発) → オソルノ(翌10:00着)
※そのまま乗り換えてプンタ・アレーナスまで行きたかったが、今日の便はないと言われ、しかもオソルノで安宿を発見できなかったため、ここより大きい町プエルト・モンへ。
4/18 オソルノ(11:30発) → プエルト・モン(13:30着)
※やることないのでネット屋に居座る。
4/19 プエルト・モン(11:00発) → プンタ・アレーナス(翌17:00着)
※そのまま乗り換えてウシュアイアまで行きたかったが、ここでも今日の便はないと言われ一泊。
4/21 プンタ・アレーナス(9:00発) → ウシュアイア(20:00着)

自分の知る限りのバスでの最短ルートで来たけど、4泊5日(車中2泊)もかかってしまった。
バスに乗っている時間は合計55時間。
しかも、この地域をバスで行くには、チリとアルゼンチン間を入国したり出国したりを繰り返さなければならない。チリ側ではA社バス、国境越えたらアルゼンチンのB社バスに乗り換え、なんかもあり、何度もバスを降ろされる。
めんどくさいし、眠りを何度妨げられたことか・・・。

しかし、もっと苦痛だったのは・・・
“空腹との戦い”
バス会社やルートによっては、食事が出たりするのだけれども、この移動中の一番豪勢な食事は、
“乾燥しきったチーズのみをはさんだパサパサのパン”
バスの中の食事と限定しなくても、この5日間で食べたもっとも豪勢な食事はコレだった。
あとはお菓子が出るぐらい。
夜はバスが『道の駅』みたいな感じのところで止まって、そこにあるレストランで食事しろと言われるんだけど、あいにくそんな普通のレストランで食事するお金は持ち合わせておりません。
プエルト・モンでもプンタ・アレーナスでも、予算の都合等いろいろあって食事抜き。安いスナック菓子とバナナで空腹を紛らわせた。

そんな空腹との戦いに勝ち、ついに『世界最南端の町 ウシュアイア』に到着。
アルゼンチンは言わずと知れた“牛肉天国”
チリでのお魚天国もかな~りよかったけど、やっぱり牛肉天国はも~っといいだろう!
これがあるから断食バス移動(断食はしてないけど)にも耐えられた。
牛肉食うぞー!

まずは、上野山荘を目指せ!

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4月22日 イースター島④ ~良き旅、良き出会い、良き仲間~
「イースター島はモアイしかないから、3日あればいいや」
って思ってた。
それが、帰りの航空券の予約がとれずに、しかたなく6泊することに・・・。
が、もっと長くてよかった!
確かに観光という意味ではモアイしかない。博物館や海もあるにはあるけど。
このゆったりした空気に身を任せ、のんびり過ごす毎日がたまらなく幸せだった。
それに、この旅始まって以来初めて、“背後を気にしながら歩かなくてよい!”場所だった。
ボーっとしながら歩いてても襲われない場所。

ただ、やっぱり一人で来ていたら、「もっといたい」とは思わなかったと思う。
モアイを見て、1日2日のんびりしたら満足していただろう。
よい旅には、よい出会いと、よい仲間がつきものだ。

ボリビアのラパスからビーニャの汐見荘へ行くか、サンティアゴで泊まってイースター島に行くか、ラパスにいる時には迷っていた。そのときは、どちらかに一泊してイースター島に行くつもりだった。
そうすると、わざわざビーニャに行くのは面倒だし、サンティアゴ泊が有力だったのだが・・・。
ところが、ラパスのストライキという事態に見舞われ、宿泊しなければならない日数が延び、サンティアゴで時間を潰すなら、断然ビーニャ!!というわけで、汐見荘へとやってきた。

そこで、偶然同じ日にイースター島へ行くという3人に出会った。
ユタカ君、ミヅカちゃん、マユミちゃん。
みんなそれぞれ世界一周中の仲間。

自分が最初から気さくに日本人にからんで行こうとするタイプではなく、どちらかというと身構えてしまうから、初対面から距離感関係なしに来られると、苦手だなあと思ってしまうことが多々ある。
自分から気さくに行けば、苦手だなあと思うことも少なくなるはずなんだけど。
合わない人とは合わないんだろうけど、でもみんな同じ海外旅行という同じ趣味を持っているわけだから、自分が身構えなければ、もっといろんな人と仲良くなれるはずだ。
と思って、今まで避け続けた『日本人宿』に、今回の旅では積極的に泊まってみようと決めている。
そんなわけなのだけど、汐見荘にいた人たちはみんな好きだった。
居心地の良い距離感で、すんなり入って行けた。

イースター島へ一緒に行った3人とも、「なんでいきなりこんなバカなこと話せるんだろう」というぐらい自然でいられた。変な気を使わなくて良かった。
いや、むしろもっと俺が気を使うべきだったのかも・・・。

ミヅカちゃんとマユミちゃんには、毎日おいしい料理を作ってもらって、
本当においしかった!ありがとう!
勉強したことを生かして自炊します。
ユタカ君とは・・・ここでは書けないけど・・・出会って一週間とは思えないアホな話ばっかりしてたけど(笑)
最後にマグロ一緒に見つけられて良かったね!

イースター島は、今回の旅で一番来たかった場所。
その場所に、この3人と来られて本当に良かった。
楽しさと思い出が何倍にもなったよ。

また世界のどこかで会いましょう!
そしてみんな、良い旅を!


ビーニャに戻ってから、イースター島で出会ったおっちゃん家に遊びに行った時の写真。
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4月20日 イースター島③ ~モアイをさがそう~
イースター島に来たらモアイを見なければならない。
イースター島に来て、モアイを見ないで帰るということは、寿司屋に行って、イクラを食べないで帰るということと同じことなのだ。

・・・上記は超個人的な意見なので、気にしないでください・・・

汐見荘で知り合った日本人の仲間3人と、同じ宿に泊まっていたチリ人のオッチャン2人、そして俺の6人でレンタカーを借りて、島内巡りをした。
運転席、助手席、後ろの席3人、。。。後ろの荷物を乗っけるスペースに1人。出発!

目のあるモアイ
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顔面アップのモアイ
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コケてるモアイ
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イースター島には、1000体近い数のモアイがあるそうだ。
立っているモアイの他に、倒されたモアイ、作りかけのモアイ、削られてただの石のようになっているモアイ、などいろいろな形で残っている。
そういえば 、正座しているモアイもあるみたいだけど、結局会えなかった。
正座モアイも含めて、まだまだたくさん会っていないモアイがいる。
いつか絶対またここに戻って来よう。


4月18日 イースター島② ~マグロをGETせよ~
イースター島で有名なもの

第一位:モアイ(言わずと知れた顔のデカイあいつ)
第二位:ミヒノアキャンプ場(泊まらなかったけど、おそらくイースター最安の宿泊施設)
第三位:マグロ(鮪)

イースター島に行ったらやるべきことがある。
マグロ一本買い
港へ漁船が帰ってくるタイミングを見計らって、漁師さんから直接マグロを丸々買う。
一人ではとても食べきれないので、仲間とシェアして食べる。
ぐずぐずしていると地元の市場やレストランに持っていかれてしまうので、GETするのはなかなか難しい。争奪戦が待っているのだ。
しかし、こいつを一度手に入れてしまえば、その日からマグロ三昧という素晴らしい毎日を送ることができるのである。

~~~

眠くなったら寝て、自然な目覚めで起きることを良しとする(?)このイースター島で、目覚まし時計を使ってまでも早起きをする。
マグロ争奪戦を制するための作戦をアレコレ考え港へ出陣した。

・・・が!
アレ!?船が来ない・・・。
来たと思ったらマグロは捕れてない。
次の日も、そのまた次の日も。

後から聞いた話だと、最近は全然マグロは捕れていないらしい。
時期的なものではなく、タイミング的なもので。

イースター島でマグロ三昧は夢幻か。
「マグロが捕れるという話は、あくまでも噂話だったんだ。噂の真相はウソだったんだ。」と言い聞かせあきらめた。
注)実際には、タイミングさえ合えばマグロGETできます。そんな羨ましい人たちもたくさんいるので、これから行く人は頑張ってください。

あきらめた・・・
あきらめられない・・・
あきらめる・・・
ムリ・・・

“最後まで希望をすてちゃいかん
あきらめたらそこで試合終了だよ”
ってスラダンのなんとか先生だったら言うんだろう。

“安西先生・・・!!マグロが食いたいです・・・”

先生 「よく思い出してごらん。イースターに来て最初の日。どこに行ったかな?」

ミッチー 「えーと。宿にチェックインした後、日本食レストラン・甲太郎に行きました。そこでイースター島が特集された時の“世界不思議発見”を見ました。そこの日本語を話す店長の名前は“フランシスコ=ザビエル”(本名)でした。不思議発見を見た後、もう一本モアイ特集のビデオを見せてくれました。モアイを見に行く前にとても勉強になるかと思いきや、途中で寝てしまったから内容はよく覚えてません。」

先生 「君はそこで何を食べたんだね?」

ミッチー 「メニューに鉄火丼って書いてあったから注文したら、ザビエルに今日は仕入れてないって断られました。なので日本のものとは似ても似つかないカツ丼を食べました・・・」

・・・て、て、鉄火丼!?
鉄火丼って、ゴハンの上にマグロが乗っかってる、あの丼物っすよね!
ザビエルだ!ザビエルがマグロを持ってるぞ!!
でも、できあがった鉄火丼が食べたいんじゃない。切り身でもいいから売ってくれないかなあ。
強気で交渉する作戦、涙ながらに語り落とす作戦、いろいろなパターンを考えザビエルの元へ向かった。

「マグロってそのまま買って帰れますか?」
「あー、できますよ。」

シンプル イズ ベスト。
あれこれ考えた結果、一言で問いかけたら、一言で良い返事が返ってきた。
中トロ1kgを買って宿に戻り、みんなでおいしく頂くことができました。

P,S,マグロの代わりに港で買ったトビウオの刺身もメチャメチャうまかった!

ザビエルの住処
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港で魚を買う
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4月13日 イースター島① ~初恋の人に会いました~
イースター島から帰ってきました。
6泊7日の夢のような時間。
小学生の頃、「いつかイースター島に行ってモアイに会いたい」と思った。
あれから20年。

やっと会えたね。
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4月6日 汐見荘生活
ビーニャ・デル・マルという町には海があるが、今の時期はもう海に入ることはできない。
1月2月あたりは海水浴客で賑わうのだが、旅行者はあまり見かけない。
しかし日本人旅行者にとっては季節は関係ない。
ビーニャにはコレがある。

汐見荘!!

ずばり日本人宿。
実は今まで日本人宿に泊まったことが一度もなかった。
話に聞くと“アレコレ一緒にやろう!ドコソコ一緒に行こう!さあ飲みに行こう!”って何かめんどくさそうなところだと思ってたから。自分の空間と時間を持てないんじゃないか思ってたから。
というか若いノリについていくのが疲れるだけ。20代前半の頃から敬遠してたけど。
でも汐見荘は違った。というより南米は全体的に評判がいい。

チェックインのときに年齢も書くんだけど、時間を持て余した他の旅人が、統計を取ったものが一覧になっていた。
20代前半ぜんぜんいねえ!一番多い29歳を筆頭に、20代後半から30代が圧倒的に多かった。
夜遅くまで盛り上がってるのに、ヤンチャな感じがしないわけだ。(その時泊まってるメンツにもよるだろうけど)
みんなちゃんとほど良い距離感をそれぞれ保っている。

町の中心からは離れているので、ここで沈没している旅人は、ほとんど外出をしない。
外出するのは食料がなくなったときだけ。
ここ海沿いの町。海といえば海鮮。
そう、魚市場が近くにあるのだ。
みんなで買出しにいって、シェアして食べる。
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マンガや文庫本もたくさんあって、俺も『沈黙の艦隊』全32巻、読破しました!

町観光は・・・してないっす。
ていうか、観光するところがあるなら教えてほしいぐらいなところ。
むしろ、この汐見荘が観光スポットだろ。

汐見荘でワイワイ過ごしたということ以外特になにもしてないのに、無理やりブログ更新しようとするからグダグダになるんだな。反省・・・。

でも楽しい所だったー。ホッと一息つくには最高の場所だったな。
さて!お次はイースター島だあ!!


4月5日 ラパス脱出大作戦(後編)
さて、イキケのバスターミナルに着いたものの、深夜1時。

バスターミナルで野宿と言っても、ここは田舎のバスターミナル。
ちっぽけな建物はもう閉まっていて入れない。
外のベンチで寝るしかない。

疲れていたし、こんな無防備なところで寝るのも物騒だなあと思い、宿に泊まってしまうことにした。
そして、バスターミナルを出ると、真っ暗闇・・・。
その時気付いた。
デッカイ荷物を持って、この暗闇の中歩いて宿を探すほうが危険ではないのか!?

ターミナル内に引き返した。
まあ、一応柵で囲われてて、「バスターミナルの敷地内です!」って感じになってるから、危ない人たちも遠慮するだろう。
と、とりあえずベンチに横になった。

と、そこに一台ちょうど到着したバスが入ってきた。
さあ、このバスは幸運の神か? はたまた不幸の使者か?
次回へ続く!!

・・・と思ったらタイトルに「後編」って書いちゃったから続けよ。

このバスの運転手が降りてきて言った一言。
「ヘイ、YOU!そんなところで寝てないで、このバスの中で寝ちゃいなよ!」
神だー!!俺が乗ってきたバスとは全く関係のないバス会社なのに、そのバスで寝ていいって!
普段の行いがいいと(?)やっぱりいいことあるなあ。おっさん、感謝!

おかげでよく眠れたわけだが、翌朝起きて気がついた。
チリのお金持ってない・・・
国境にもバスターミナルにもATMがなくて、現地通貨が引き出せまいのだ。
町の数少ないATMは全部銀行内にあり、営業開始は9時から。
サンティアゴ行きのバスは8時・・・
はい、この町で一泊決定しましたー。

イキケ、ほんとなにもない。
やることないから、町で一番大きな広場でたそがれてたら、現地の人が話しかけてきた。
「へい、YOU!ミーは日本人の友達がいるんだ。会ってみるかい?」
なんでチリ人はみんな“v”みたいなしゃべり方なんだろうという疑問をよそに、ついて行ってみるとそこは病院。この病院でドクターをやってるんだって。
あー、ちなみに本当はチリ人はジャニーさんみたいなしゃべり方ではありません。むしろスペイン語を話します。頭の中で訳したらそうなってしまっただけです。

そのドクターは、なんと!日系人だった。
なにが“なんと!”なのかというと、初めて日系の方と会ったのだ。
順番待ちの患者さんがいるのに、先に会ってくれた。そんなこと気にするなって言われた。さすがゆるい南米。ごめんなさい患者さんたち。
仕事が終わったあと、自宅に招待してもらい、いろいろなお話を拝聴してきました。
「ヘイ、YOU!次イキケに戻ってくるときは、ウチに泊まっちゃいなよ!」
って。ボリビアに戻る前にまた立ち寄りたいなあ。
あー、ちなみに本当は日系人もジャニーさんみたいなしゃべり方ではありません。
むしろ、この人は日本語を話せます。でも難しい言葉や、今風の話し方では通じないので、自然とキレイな日本語を使うようになります。
最近自分の話す日本語が乱れてきてるなあ、とお困りのアナタ。紹介しますよ。

というわけで、思わぬ有意義な経験ができたイキケから、翌朝サンティアゴへ出発した。
25時間でサンティアゴに到着。
そしてそのまま乗り換えて向かった先は・・・
ビーニャ・デル・マル(通称ビーニャ)。
ある有名な日本人宿があることで有名な、ビーニャです。

2時間後、無事ビーニャに到着し、ラパス脱出に成功、そしてイースター島にも間に合うのでありました。

4月4日 ラパス脱出大作戦(中編)
バスの出発まであと1時間。
実はそんなに急がなくてもよかったりする。
バスターミナルから宿までは、徒歩15分という近さなのだった。
一カ月ほど高地トレーニングを積んできた今の俺には、走るのに容易い距離だ!

問題は、部屋に散らかっている荷物をバックパックに詰め込むこと。
考えて詰め込まなくては全部入らないぐらいなのだが、こういう緊急事態には見えない力が働くもの。
とにかく押し込んだら、入った!! バックパックがデコボコ無様な形になってるけど。今は入ればいい!

それからチェックアウト。
おー!なんでこんな急に!?
ストライキ ストライキ、アイ アム ピンチ!! と答えたら、それだけで状況をわかってくれた。
来月戻ってくるから俺の顔を覚えといて!と別れを告げ、バスターミナルまで走った。

走れば間に合うと思った。
計算違い発生!! というかド忘れしてただけ。
こんなバックしょって走れねえし!!
トボトボ歩いてたら間に合わない。
しかたがないので、タクシーに乗った。時間があればタクシーなんか乗らなくてすんだのに。モッタイナイ。。。

そして、
バスで13時間。ボリビアからチリへ抜け、イキケに到着。
深夜1時。。。
サンチアゴ行きのバスは朝の8時らしい。
宿に泊まるのは中途半端な時間でもったいないし、こんな真暗なところで野宿も危ないし。

さあ、どうしましょ!?

4月3日 ラパス脱出大作戦(前編)
ラパスへやって来て11日目。
物価は安いし、食べ物は美味いし、宿は居心地いいし、町は観光客ずれしてなくて落ち着いてるし、ウユニもルレナバケ(ジャングル)もいいやー。
なんて感じですっかり居着いてしまった今日この頃。
イースター島に行く飛行機のチケットだけは取ってあるから、ギリギリまでここにいようと思っていた。
注)ウユニもルレナバケはパタゴニアを周ったあと、もう一度ラパスに戻ってきて行くことにしたのだ。
雨期が明けたばかりで、今行ってもジャングルで動物があまり見れないらしい。

ある朝、朝ご飯を食べようと市場をうろついていると、どこかで見た日本人が。
そう、同じ宿に泊まっている。。。 ああ、名前は聞いてないや。
その彼から衝撃的な事実が告げられたのだった。。。

ボリビアのバス、明日から全面的にストライキらしいですよ ┐(´-`)┌

えっ。。。 それは、困るんですけど。
ええ、非常に困ります。
そのストライキが2日で終わればいいけど、3日続いたらイースター島に間に合わなくなってしまう!!
すっかり忘れてた、この国がお買い物天国(なんでも安く、かつ質の良いものが手に入るのだ)であると同時に、ストライキ天国。。。つーか地獄だということを。
そういえば、ラパスに着いた日もストライキが行われていたようだった。(俺はペルーからの国境越えのバスだったから、被害に合わずにすんだ。)
一度始まったらいつまで続くかなんて全くアテにならない。

さあ、どうする!
。。。。
。。。。。。。。
どうするもこうするも今日中にボリビアからチリに脱出するしかないべさ!!

とりあえずバスターミナルへ行って、今日乗れるバスを確認。
チリ北部のイキケという町への12時に出発する便があるようだ。というか、それしか方法はなかった。

さあ、今何時??
11時00分。。。

ヤバイ!! あと1時間で、まず宿に戻って散らかりまくってる荷物をまとめて、チェックアウトして、またここに戻って来なければならない。。。

さあ、脱出は成功するのか、はたまたラパス残留ということになってしまうのか。。。




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