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Compilation of travel
世界一周旅行中! 現在地(2008/12/3):デリー(インド)


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shuhei

Author:shuhei
2008年2月21日から世界一周旅行へ旅立ちました。
たぶん8ヶ月ぐらいで帰ってくる予定。



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6月28日 VIVA!食べ放題部
ブエノス・アイレスで楽しかったこと。
街歩き、サッカー観戦、タンゴ鑑賞・・・etc.
そのなかでも断トツに楽しかったのは、
食べ放題!!
和・中・洋何でも揃って、しかもその場でアルゼンチン牛を焼いてくれる。
これで17ペソ(約6ドル)。こっちでマクドナルドに行くより安い。
観光費を削るのは嫌だし、削るとすれば宿泊費と食費だ。
というわけで、常に腹ペコ状態にあるこの旅。
こんなに安く、お腹いっぱい食べられるならと、通いまくった。
最後は3日連続食べ放題という荒行も行った。
そんな毎日のように通うメンバーというのは限られて、いつしか
“食べ放題部”なるものが結成されていた。

食べ放題の店選びで重要な要素は、
・料理の質
・種類の豊富さ
・お値段
しかし、再重要点は「宿から店までのディスタンス(距離)」である。
一度遠出をしてしまい、お腹いっぱいで死にそうになりながら 帰ったこともあった。
そんな全ての要素を満たしているのが、宿から100メートルという近さにある『VICTORIA』という店。
料理の質、種類の豊富さ、お値段(17ペソ)、そして距離。どれをとっても完璧だ。
上記、死にそうになりながら帰った一度を除き、ほかはすべて『VICTORIA』にお世話になった。

最初の頃は、「男にはやらなければならないときがあるんじゃあああ!!」とばかりに、限界を超えるまで食べることに夢中になっていた。
でも、人間というのは学習する生き物であり、だんだんと幸せな満腹感で止めることを覚える。
限界を超えると、店を出てからもしばらく苦痛と闘わなくてはいけない。
やっぱりほどほどが一番だ。

最後に3日連続食べ放題で締めて、ブエノス・アイレスを出てきた俺。
ブエノス・アイレスに残っている“食べ放題部”のみんなは、今宵も食べまくっているのだろうか。
うらやましか~。
今後の旅中、こんなに食べられることなんてないだろうな。
幸せだった。
ありがとう食べ放題! VIVA!食べ放題部!!

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6月24日 続・南米でサッカーを観よう
日曜日、アルゼンチン・リーグの今期最終戦。
“ボカ・ジュニアーズVSティグレ”
前回、ひとりで観戦することになってしまった反省を生かし、今回はみんなとスタジアムへ向かった。

まず、ボカのチームカラーである、黄色と青で塗り固められたスタジアムの外観に驚き、そして、ボカ一色のその周辺の雰囲気にまた驚いた。

噂どおり、代表戦とは盛り上がりが違った。
リーグ戦のほうが断然盛り上がっている。
四角く囲まれたスタジアムに、音楽・応援・歓喜・歓声・罵声・罵倒、いろんなものが反響してすっごいことになっていた。
ゾクゾクするような興奮を味わえた。

悪名高いボカ・サポーター。
でも今日の試合は、なんと6対2で圧勝。
殺伐とすることもなく、無事に観戦することができた。
あ、でもうちらがいた2階席の上、3階席にティグレ・サポーターの席があって、そこから水とか、なんかよく分からないものがいろいろ降ってきた(笑)
でも、楽勝な試合展開に余裕の我がボカ・サポーターは意に介しません。余裕、余裕。

ゴールラッシュに盛り上がる場面がたくさんあって、楽しかった。

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~~~

他にも、タンゴを観たり、食べ放題に行ったり、ブエノス・アイレスはお腹いっぱい。
次に行きますか!

本当は、このままパラグアイに入りたいところなのだけれども、何か忘れてないかい?
そうそう、3ヶ月前にスッ飛ばしてきたところ。
ボリビアのウユニ塩湖。
今は乾季のため、塩湖は白一色の世界。
パラグアイの前にちょっと行ってきます!


6月23日 コロニアルな町、コロニア・デル・サクラメント
ラプラタ川を挟んでブエノス・アイレスの対岸に、ウルグアイの小さな港町『コロニア・デル・サクラメント』(通称・コロニア)がある。
ブエノス・アイレスからは、フェリーで3時間と近い上に、世界遺産の町並みであるため、日帰りでコロニアへいく旅行者がたくさんいる。
俺もそんな旅行者のうちの一人。日帰りでコロニアへ行ってきた。

石畳の町並みと、それにマッチするクラシックカー
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晴れていれば、青空の下できれいな町並みなんだろうけど、この日は残念ながら一日中雨だった。
到着してから、帰りのフェリーの出発までは約6時間あるのに、雨のおかげで3時間もたずにフェリー乗り場へ戻ってきた。
着いてすぐにレストランに入り、雨宿りできる場所ということで博物館巡りをして、雨も強くなってきたから満足に町歩きもできず・・・。
でも、ある意味印象に残る日帰り旅行になったのかも。
Q「ウルグアイ楽しかった?」
A「うーん、雨だった。」
としか答えようがない。まあ、晴れていればすごくいいんだろうということはわかるけど。
てんてこまいだった雨の日帰りウルグアイ、決してわすれません。

まあ、てんてこまい具合がけっこう楽しかったけどね(笑)


6月20日 マスタードは人の背中にかけるものではありません
※ケチャップ強盗・・・後ろから近づいてきて、ターゲットの背中にケチャップをベチョッっとつける。
そしてその張本人が、「なんか背中についてますよ。拭いてあげましょう。」と、さも親切な人を装ってハンカチなどで拭いてくれる。
拭いているドサクサに紛れて、ポケットやカバンをまさぐり貴重品を盗むという手口。
共犯者がいて、ひとりが拭いていて、それに気をとられている隙に、もうひとりが盗むという複数犯の場合も多い。
かけるものとしては、他にマスタード,チョコレート,ペンキ,ブリーチ剤などがある。

~~~

ブエノス・アイレスの街中を散歩していると、ふいにオッサンが声をかけてきた。
「オー、背中に何かついてるよ。」
上着を脱いでみると、背中にはベッチョリ黄色っぽいものがつけられていた。
今回、俺につけるものとして選ばれたのはマスタードだった。
この時点で、自分がケチャップ強盗に遭遇したということに、当然気がつく。
オッサンは、「あっちに水道があるから洗いに行こう。」と、近くにあった公園に連れ込もうとする。
“あっちに水道があるから洗えば?”とひとりで行かせるならわかるが、なぜかそのオッサンもついて来ようとしている。
共犯の一緒にいたオバサンも、わざとらしく「あらあら」とかなんとか言いながら、「さあ行きましょう」としきりに勧めてくる。
まったくバカバカしい自作自演だ。

水道で、俺が汚れた上着を洗うことに気をとられている隙に、カバンの中のものを盗るつもりなのだ。
もちろん付いていかず、「フンッ、こんなもん別にいーよ。」と言って立ち去ったけど、「オマエらがやったんじゃねーか!このドアホ!!」というスペイン語を覚えておけばよかったな。

そもそも、こいつらは普通にスリをするよりもアホなんだ。
プロのスリは、こっちが気付かないうちに、ササッと仕事を終わらせてしまう。
しかしこいつらは、「背中に何かついてますよー。」と言ってしまった時点で、「これからスリをしますよー。」と宣言しているようなものなのだ。
南米を旅するなら誰でもこんな手口知ってるって。バーカバーカ

何が頭にくるって、余計な洗濯物が増えたじゃんか!
ってか、コレ落ちるのか?

~~~

手口さえ知っていれば絶対にひっかからない下等手段。
「背中に何かついてますよー。」と言われたら、それは“スリの開会宣言”であることを頭に入れておきましょう。


6月19日 ライオンやトラの檻の中に入れる動物園
ブエノス・アイレスから、地下鉄とバスを乗り継いで、約2時間のところに動物園がある。
この動物園、タダの動物園ではない。
もちろん、“無料の動物園ではない”と言っているのではない。ちゃんと入場料はとられる。
なんとこの動物園、ライオンやトラの檻という、本来は入るべき場所ではないところへ入ることができるのだ。
それだけではない、触ることだってできるのだ。
ライオンやトラに触ることができる。
ライオンやトラと触れ合える。
これに行かずしてどこへ行く。

檻の中で撮ったライオンの顔面アップ
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檻の中で撮ったトラの顔面アップ
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これからは「ヤギは紙食べるよ」と自信を持って答えられる
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写真のライオンとトラは横になっておとなしくしているのを撮ったけど、動いているやつに(恐る恐る)触っている、よく考えたらありえない写真を撮ったりすることもできた。
他にも、サル、ヤギなどの檻に入れたり、ゾウに乗ることもできる。
なんてすばらしい!こういうありえない体験をもっともっとしてみたい。
ちなみにライオンはフカフカしていて、トラは硬かった。
ライオンよりもトラのほうが恐かった。


6月18日 南米でサッカーを観よう
この前の日曜日に、サッカーのワールドカップ南米予選が行われた。
我らが(?)アルゼンチン代表は、ホームであるブエノス・アイレスに、エクアドルを迎えての一戦だ。
当然アルゼンチンの圧勝だろうと勝手に思っていたこの一戦、まさかこんな展開になろうとは。。。

~~~

木曜日にブエノス・アイレスに到着すると、すぐに観光案内所や旅行代理店へ行き、サッカーチケットに関する情報を集めた。
結局、「ワールドカップ予選は人気があるから、さすがにもうチケットは売り切れてるよ。」「観戦ツアーなら空きがあるかもしれないけど、100ドルはしますよ。」
ということなので諦めた。
その次の日曜日には、アルゼンチン・リーグの最終節、ボカ・ジュニアーズの試合があるし、そっちを見に行けばいいやと。

翌日、同じ宿に泊まっている人が、直接スタジアムのチケット売場へ買いに行って、なんと自由席のチケットをGETしてきた。しかも、そのお値段なんと24ペソ(約8ドル)。
※この24ペソという値段、決して割引料金ではなく、元々の金額がこんなに安いのだ。

さらに翌日(試合前日)、ダメ元でスタジアムのチケット売場へ行ってみた。
「あのー、明日のチケットってまだ売ってます?」
「あるよ。」
あっさり自由席のチケットが買えてしまった。

どうやら、試合当日はアルゼンチンでも『父の日』らしく、ファミリーを大切に思うアルゼンチンのお国柄、そんな日にサッカー観戦に行く人が少ないそうだ。
俺も感謝しなければ。『父の日』という日に。おかげさまでチケットが手に入りました。

そして試合当日。
同じ宿の人の8~9割、つまりほとんどの人が試合を見に行く。
指定席、観戦ツアーの人もいるので、同じ自由席チケットの人たち5人でスタジアムへ向かった。
しかし、5人一緒にスタジアムへ入る為には、乗り越えねばならない試練があるのだ。

そもそも俺以外の4人は、金曜日に一緒にチケットを買っているので、同じゲートから入るチケットを持っていた。
しかし俺は、ひとりで土曜日に、しかも席のことなど考えずに買いに行ってしまった為、1/2の確率で逆サイドのチケットになってしまうのだ。
チケットを買うとき、「○▼※◎×~!!■△」それとも「◆※▽?§●♪□」にする?
と聞かれたが、スペイン語で言われてもサッパリわからないし、とりあえずアルゼンチン側のサイドのチケットが欲しいことを伝えようと思い、「アルヘンティーナ!アルヘンティーナ!」と言ってみたが、どうやらほんのチョコットの一画を除いて、全部アルゼンチン側の席のようだった。
まあみんなと同じサイドのチケットを買うことができる確率は1/2。
商店街などでやっている福引きでは、最低でも必ずポケットティッシュは当ててきたという実績がある。
今こそこのクジ運の良さを発揮するとき。「コッチください!」

話は試合当日に戻る。
我々自由席5人組は、綿密に作戦を練った。
同じチケットを持っている4人が入った後に、続けてササッと「同じグループだから問題ないでしょ。」と、挙動不審にならず当たり前のような顔をして入ってしまうという、誰も考え付かないような高度な作戦。
そう、要するに1/2の確率は見事に外れたのであった。

警備員の横を通り過ぎ、入場ゲートまであと30メートル。20メートル。
さっきの警備員が後ろで何か言っている。
恐らく手に持っていたチケット、このゲートから入るものではないということに気付かれたのだろう。
うかつだった。入場ゲートに気をとられ過ぎて、警備員への注意を怠ってしまった。
まあいい、無視無視。どうせスペイン語わからないし。
ゲートまであと5メートル。いよいよ作戦決行だ!

ガシッ!
そのとき、何者かが俺の上着のフードを力強く引っ張った。
強盗か!?
後ろを振り向くと、さっきの警備員が。
「そのチケットはこっちじゃないよ、あっち。」
「あー、そうなんすか?でもうちら一緒だし、こっちでもいいでしょ・・・・・・ハハハッ、冗談ですよー。まったくそんな恐い顔しちゃってぇ。じゃあ、みんなまたあとでねー。」
入場ゲートにすら辿り着けずに、作戦失敗。
南米はゆるいから、いけると思ったんだけどなあ。
結局一人で観戦することになってしまった。

さあ、ここで新たな問題が発生。
南米のサポーターは狂暴である。
この日、アルゼンチンが勝てば、みなさんゴキゲンであろう。
しかし、万が一負けるようなことでもあれば、五体満足で帰ることができる保証などどこにもない。
南米でサッカー観戦をするということは、そういうことなのだそうだ。
俺の席はみんなとは逆サイドのゴール裏の2階。
そして周りを取り囲むのはアルゼンチン人の大群衆。
『父の日』だからと言っても、試合開始の頃にはほぼ満席になっていた。
開始前から周りの人に“I LOVE アルゼンチン”を猛アピール。

試合開始。
前半は無難にお互い無得点。
後半、先制したのはなんとエクアドル。。。
うおー!アルゼンチンサポーターのみなさん怒ってらっしゃる!
俺も一緒にブーイングしなければ! ブーブー!
そして刻々と試合終了は近づいていき、ついにロスタイム突入。
やばいよ、やばいよ!もう少しでこの人たち暴れ出すよ!
試合が終わる前にここから逃げ出すか。
でもいつのまにか通路まで人が埋まってて、逃げ出すスペースもないし。
あー、こんなところで死にたくない!!
と、スタジアム中に響き渡る雄叫びが。
「わーーーーーーーーー!!!!!!!!」
ついに、ついに暴れだしたか!?
アレ?違う??なんか喜んでないかい??
そう、なんとロスタイムが終わる間際、アルゼンチンが同点に追いついたのだ!
「やったーーー!助かったあああ!!」
隣の人とは違うことを考えながらも抱き合って喜びあった。
嬉しい気持ちは同じだ。
ちなみに命の恩人は、パラシオという選手だったようだ。
パラシオ大好きだぜ!

そして同点のまま試合終了。
終了後はブーイングの嵐だったけど、暴れ出す人はいなかった。
いやー、いろんな意味でドキドキハラハラ、興奮して楽しかった!
でも、代表戦よりもリーグ戦のほうが盛り上がるし、サポーターの熱気も凄まじいらしい。
代表戦の観戦はピクニックに行くようなもの。リーグ戦はまさに戦場に行くようなものだという話もある。
今日は無事に帰れたけど、これがリーグ戦だったら、はたしてブーイングだけですんでいたのだろうか。
行ってみたい。次の日曜日、ボカ・ジュニアーズの今期最終戦。
本物の南米サッカーの熱気を感じられるはずだ。

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6月17日 世界一周闘病記 ~ブエノス・アイレス激闘編②~
今日は皮膚科専門のドクターによる診察の日。
必要であれば検査を行って、いろいろ長引くことにもなりかねない。
勝負の行方はいかに!

~~~

「火曜日はドクターがお昼から来るので、13時に来て下さい。」と言われていた。
しかし、かの有名な剣豪・宮本武蔵は、日向小次郎とのし烈なフォワード争いに勝つため、タイガーショットを超える必殺シュートを編み出したのだが、なんでもオリンピック代表の物語として続編が続いているらしく、今の日向君は雷獣シュートなるものを打てるらしい・・・??
・・・間違えた。

かの有名な剣豪・宮本武蔵は、佐々木小次郎との巌流島の決闘の際、わざと遅刻して小次郎を焦らす作戦をとったという逸話があったりもする。

よし、これでいこう!
俺は、わざと30分遅れの13時半に到着してやったのだ。
本当はドクターに見せる診断書を忘れたため、13時前に着くはずだったのに、いったん宿まで戻ったため遅刻した。なんてことは・・・ないないないない。
ドクターを焦らすための作戦だ。

「こんにちはー、遅くなってすみません。診断書を持って出るの忘れちゃって、取りに行ってたら遅くなっちゃいましたよ~」
あ"っ!!

ドクターは診断書を真剣に眺める。
俺はドキドキ。
ドクターは症状がでた部分を念入りにチェックする。
俺はドキドキ。
ドクターは言った。
「オッケー、治ってる。検査の必要はないね。」
よっしゃあああああ!勝った!
これで本当に自由の身だ!
いろいろアドバイス等をもらったり、保湿クリームのようなものを買って、「ありがと」と言って病院から出た。

ようやく開放された。
これで安心して旅を続けられる。

今日は新たな出発の記念日だ!

~終わり~


6月14日 ボカの小径でメルヘンの世界に迷い込む
サッカーのボカ・ジュニアーズ´で有名なボカ地区にある一画、“カミニート”へ行ってきた。
50メートルほどの小径には、こんなカラフルな家がズラッと並んでいる。
ディズニーランドにでも来てしまったかのような感覚だった。

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6月13日 世界一周闘病記 ~ブエノス・アイレス激闘編①~
ここブエノス・アイレスでの最大の目的は、病名と原因の究明や今後気をつけなければならないことなどを聞くため、『日会共済会医療センター(日本語の通じる医者のいる病院)』へ行くこと。

南米には、日本から移民としてやってきた方が大勢いる。
ウシュアイア・上野山荘のおばあちゃんもそう。
その2世・3世の方が病院をやっていたり、なにかあったときには日本語が通じる場面が多々あって、安心して旅ができる。
南米には日本人宿も多いし。

今日は、その最大の目的を達成するため、『日会共済会医療センター』へ行った。
まず受付で、「オラ!コンスルタ、コンスルタ。ハポネス ドクトール ポルファボ~ル。」
日本語に訳してしまうと、「こんちは!診察、診察。日本人 医者 お願い。」という連想ゲームの要領で単語を並べてみた。
まあ、病院に行った時点で遊びに来たんじゃないことぐらいわかるだろう。

と思っていたら、予想外の展開。
「そこにお掛けになって、少しお待ちください。」
なぬ!あんたも日本語話せるんかい!!ペシッ
あきらかにラテン系の顔だったけど、日系の人だったのか?
コンスルタ(診察)という単語を忘れないように、宿から頭の中で復唱しながら歩いてきた努力が、水の泡と消えた瞬間であった。

少しお待ちくださいと言われたから、少し待っていたら、本当に少し待っただけで診察室に呼ばれた。
南米に来てから、「5分待て」と言われて、本当にちゃんと5分だったためしがないから驚いた。
さすが日系の病院。

診察して下さったのは『ドクター前田』。
ウシュアイアの病院でもらっていた診断書を見せて、最初の発病からの経緯を事細かに説明した。
そして、診断書がスペイン語で書いてあったため、わからないままになっていた気になる病名が遂に判明。
『連鎖性膿皮症』とかそんな感じの病名。
簡単に言えば、“細菌などにより皮膚が膿んでしまう病気”のようだ。
さらに原因として考えられることを教えてもらった。
犬や猫などの動物らしい。

・・・
・・・・・・犬!?
え!?ええええーー!!

さて問題です。なぜこんなに驚いたのでしょうか?
そう、心当たりがあるからですねー。

発病したのがウシュアイア。
「あああああああ!!!あれか!!!!」ってならなかった人は、『5月7日 彼女の名前はトゥルーチャ』という記事を読んでください。
トゥルーチャはベッドで寝るのが大好きで、人がいないと勝手にベッドで寝てるんですねぇ。その時にダニやらなにやらいっぱい落ちるわけで。
「ああ、それが一番の原因ですね。」だそうです。

「ブルータス、お前もか」の心境です。
「トゥルーチャ、お前もか」

しかし、それでもトゥルーチャへの愛は変わらないのであった。チャンチャン

さてさて、トゥルーチャへの愛とかそんな話ではなくて、大事なのは今後の展開。
来週の火曜日に皮膚科専門のドクターが来るらしいので、そのときに詳しく診察してもらいましょう。ということになった。
こりゃあ、また滞在が長引きそうだ。。。

~続く~

犯行現場を撮った決定的瞬間!
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注)犯行現場だなんて書きましたが、決してトゥルーチャを責めるものではありません。
これから上野山荘を訪れる方、今まで通り変わらずかわいがってあげてください。
っていうか、ここで他にこんなことになった人はいないようだし、むしろ俺が悪いのか、、、

6月12日 いい空気だ!
ブエノス・アイレス(Buenos Aires)という街の名前は、スペイン語で『いい空気だ!』という意味だそうだ。
いい空気? 一時間歩いたら喉が痛くなりましたけど何か?

ブエノス・アイレスに到着してさっそく街歩き。
最初に向かった場所は、『レコレータ墓地』。
「何故いきなり墓地??」
向かっている途中、自分自身に問い掛けたことです。
答えは出ませんでした。
きっと、見えない力に引き寄せられたのでしょう。
・・・よく考えたら、それも恐ろしいな。墓地から見えない力って。。。

旅中に出会ったある人が、「墓地は最もその国の文化が表れていておもしろい」と言っていた。
その時は、なんて恐ろしい・・・と思っていたけど、それ以来意識的に見るようになってみると、確かに。
日本の墓地を想像すると、とても観光で訪れるようなところではないし、写真も撮る気になれないけど、こちらはどこも開放的で、暗い感じは一切ない。
この『レコレータ墓地』も、ピクニックにやってきたような感覚を覚えた。
街歩きに疲れたときに、ちょっとくつろぐのに最高の場所だった。

ちなみに、有名どころでは『エビータ』の墓があります。
ガイドブックにも見どころとして載っていて、ちゃんとした観光スポットなんですね。
カメラ片手に観光客がいっぱいいたし。
これもまた日本の墓地からは想像できないなあ。

まるで家が並んでいるみたい
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エビータとは関係ないけど、こんなカッコイイお墓まで
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6月9日 ウプサラ氷河
さっさとブエノス・アイレスへ向かおうと思ったが、せっかくだからもう一つの氷河も見なければ・・・と思い行ってきた。
『ウプサラ氷河』
この前の、ペリト・モレノ氷河よりも大きい、ロス・グラシアレス国立公園最大の氷河。

とりあえず写真を。

ウプサラ氷河
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近くにあったスペガッツィーニ氷河
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氷河じたいも大きさと美しさに圧倒されるものだったけど、個人的にはそのまわりに浮いている、無数の氷塊が素敵だった。

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氷河の迫力もさることながら、その吸い込まれるような青さに魅入ってしまった。
「たかが氷の塊、されど氷の塊」
ずっと見ていても飽きなかった。
さあ、今度こそブエノス・アイレスへ向けて出発だ!


6月7日 ペリト・モレノ氷河
イースター島以来、約2ヶ月ぶりの観光に行ってきました!
思えばこの2ヶ月、町歩き以外の観光をしていなかった。

カラファテといったら『ロス・グラシアレス国立公園』。
日本語に訳すと、『氷河国立公園』。
ここの氷河は、南極,グリーンランドに次いで、世界第三位の氷河面積を誇っているそうな。
大きなものだけでも47の氷河があり、ツアーが出ているのは主に、『ペリト・モレノ氷河』『ウプサラ氷河』のふたつ。
今回は、『ペリト・モレノ氷河』へ行ってきた。

先日泣く泣くキャンセルしたツアーは、このペリト・モレノ氷河の上をトレッキングするというもの。
それは100ドルもする高額なものだったので、もう一度同じ金額を支払う気にはなれず、しかも、トレッキングとかあんまり好きじゃないことに気が付いたということもあり、半額ほどで済むクルーズ船&展望台から氷河を眺めるというツアーに参加した。

朝10時に宿までピックアップに来てくれて出発。
12人の参加者で出発。

さて、道中、特におもしろいこともなかったので省略。
とりあえず写真を見てください。

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写真ではわかりづらいけど、この氷河、青いんです!
蒼いんです!(うん、こっちのアオのほうがしっくりくるな。)
なんでも、ここの氷河は気泡が少なく、非常に透明度が高い。そのため、青い光りだけを反射し、他の色は吸収してしまうため、氷河の氷が青く見えるそうな。
ほんとに青いんです。吸い込まれそうな青さだった。

しかしこの氷河、ただ見るだけでは「はあ~、デケーなぁ」「うほ~、寒いなぁ」と、なんだか物足りない。
ここに、“氷河の崩落”というスパイスを加えることによって、このツアーがおそろしく大満足のいくものとなるのだ。

水圧やら何やら、なんらかの圧力がかかり、氷河の先端部分が耐え切れずにボロボロボロと崩落していくのだ。
高さ60メートルにも及ぶこの氷河が崩れて、湖に落ちるさまはまさに圧巻。
音で表すと、
「パンッ!パァーンッ!! ガッシャーーン!!! ズゴゴゴゴゴゴゴ」
とこんな感じ。
まず、あちこちで圧力に耐え切れなくなった氷河が、「パンッ!パァーンッ!!」と悲鳴をあげている。
そして、もうダメだ~とばかりに「ガッシャーーン!!!」と崩れ落ちて、「ズゴゴゴゴゴゴゴ」という断末魔の叫び声のような地響きがあとから聞こえてくる。
いやー、凄かった。何回この崩落を見ても飽きなくて、ずっと展望台から眺めてた。

崩落後の水しぶき。落ちる瞬間を捉えるのは至難のワザで無理だったけど、せめて水しぶきでも。
60メートルの高さからデッカイ氷の塊が落ちているわけだから、その迫力は本当に凄かった。

RIMG1629.jpg


カラファテはこれで満足。また病気が再発してしまう前にブエノスアイレスへレッツ・ゴー。
バスに46時間乗り続けるんだって・・・。


6月1日 『旅行記』改め『闘病記』
もうこうなったら『世界一周闘病記 ~世界の病院に行ってみよう!~』に代えてしまおうか。
カラファテに到着して、氷河を見に行くツアーにも申し込んで、そのツアーの日の朝。
まただよーーーーーー!!!!!
39℃の熱&顔と頭に湿疹。
ウシュアイアで入院した時と全く同じ症状が発症。
なかばヤケになりつつツアーをキャンセル。100ドルが無駄になってしまった・・・

そして病院に診察へ。
「オー マイ ガッ!」みたいな顔をされた後、オペ室のようなところへ連れて行かれ、まるでオペでもするんかい!というような格好をした医者登場。
なになに??手術?? はっ!やだよー! 日本帰るよー!!!
医者が助手にメスならぬハサミを要求。
麻酔は? メスじゃなくてハサミなの?? つーか、日本帰るよーー!!!
「ザクザクザク チョキチョキチョキ」
髪を短く切られて、顔と頭を消毒。
言葉がわからないから何をされるのか恐いね。消毒するために長く伸びた髪を切られただけだった。
ちょうど髪を切りたかったから、ちょうどよかったか!?

幸い入院はしなくて済んだけど、大量の薬をもらって帰宅。
カラファテの病院はタダ(無料)という噂は聞いていたけど、どんな仕組みなのかはよくわからないけど、本当になぜかタダだった。

もう何が原因なのかも、何に注意したらいいのかもわかりません。
もうね、グレるよ。異国の地で悪いことしちゃうよ。
そういえばこの前パトカー乗ったし。 ワルだな。
夜中の1時頃にカラファテのバスターミナルに着いて、地図をたよりに目的の宿を目指して歩いていたんだけど、最初の目印であるはずの「道の突き当たり」が一向にあらわれない。
治安は問題ないらしいんだけど、野良犬がギャンギャン吼えてくるから、そっちが恐い。
ってゆうかもう完全にこれ迷ってるし。
タクシーでも通らないかなぁと、ちょっと大きめの通りに出て待っていたら、運良くやってきた!のはタクシーじゃなくてパトカーだった!
「どうした?」
「アイ アム 迷子」
「乗れ!」
え?え?こっちじゃ迷子は犯罪なの??
まあ宿なしよりは留置所のほうがいいか。
「どこに行きたいんだ?」
お?留置所じゃないの?もしかして連れてってくれんの??
宿の住所を見せてみた。
屋根の上に付いてるピカピカ光るやつ(日本では赤だけど、こっちは青)を点灯させ、強制連行開始。いやこの場合は任意同行になるのかね。
ものの5分もかからず宿に到着!
おー!やっぱり親切な人だったんじゃん。ありがとう!
パトカーはピカピカ青いやつを光らせながら、颯爽と去っていった。

で、パトカーの話じゃないよな。
えーと、とにかくまた同じ症状で倒れたわけですな。
でも心配しないで下さい。
もう吹っ切れてますから。グレませんから。
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスには、日本語の通じる病院があるんだって。
何日かカラファテの病院に通うんだけど、落ち着いたらブエノスアイレスの、その病院に行って、原因を究明してきます。
やっぱり言葉がわからないと不安だし。このあとどうすればいいのかもわからないし。
そんなわけで、またここでもしばらく静養します。
では。





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